博多駅前の道路陥没は他人事ではない…

博多駅前の道路陥没事故に衝撃を覚えました。

日本でここまで大きな事故が起こるのって初めてじゃ無いのかな?

地震とか台風とでもなく、突然何の前触れもなく、駅前の比較的人通りの多い場所での大規模な陥没。

幸い怪我人はいなかったとの事ですけど、あれだけの事故で怪我人がいないことは幸運としか思えない。

TVやツイッターで現地の情報を知るにつれ、似たような事故が他の各地で起こる可能性に警鐘を鳴らさずにはいられません。

例えば首都高。

工事が必要だけど後回しにされていると、何かあってもおかしくないと前々から聞いておりますが、人口の密集した都内での大事故、想像しただけでも恐ろしいです。

もっと身近な所で言えば、ある程度築年数の経過した住宅も危険だと言わざるをえないでしょう。

台風や地震が増えているここ近年、外壁塗装工事、もしくは外壁の貼替と言った対応が必要になる家は増えていくと思います。

何かあってからでは遅いので、このサイトを参考にして、一括比較サイトに見積もりをしてみようかと考えています。

参考サイト

オンとオフの切替の重要性

今日はとても蒸し暑いですね。

久しぶりにエアコンのある部屋で眠る事が出来て、ちょっとした外での仕事が終わった時点でもあり、ごはんを食べて気が付いたら、眠っていました。

起こされて、うどんがあるよと言われて何を言っているのか、実はわかっていなかったのですが、どなたかが差し入れをしてくれたようでした。食べてみたけど、良い食材を使っているのだなと思って、とても美味しくいただきました。

余りにも蒸し暑いので、私の部屋は、夜は窓を開けっぱなしにしています。そうすると、風が入ってきて、とても心地よくて、よく眠る事ができます。

最近、秋になってきたので、そういう風に、風も涼しく思える時期になったと思いました。

私はどうしても気になるのが、母のその相談相手でしょうか。

場所を変えて相談に乗ってもらうなど、やり方は沢山あるのだと思うのですが、それでも、やっぱり色々な思いがあるのだろうなとは思っていますけど、でも頑張ってほしいと思います。

多分、父の事で相談したら、大事になったと思っているのだとは思いますが、もうちょっと頑張ってほしいとは思っていました。

母も色々思ってもう還暦ですものね。

体力の限界も、あるとは思いますけれど。

日々刃を研ぐことも大事だけど、ゆっくり休むことも大事だと思うこの頃です。

人間の本質とは如何に?

あなたは知らない人に何か頼まれたら、どこまでのことをできますか?

道を聞かれて教える。

コンタクトを落としたので一緒に探す。

10円を落としたので帰れない人に10円をあげる。

知らない人が暴漢に襲われているので助ける。

さぁ、皆さんはどこまでのことなら手助けできますか?

それとも全くできませんか?

この話は私が大学生の時に友人と盛り上がった話です。

私は正直な話、その場になってみないと何とも言えないと思いました。

誰でも口では綺麗事を言うのは簡単だからです。

ですが、友人の答えは興味深いものでした。

友人によると、人は人の目を気にする。つまりカメラや他人が傍にあったり、いたりする状況では人に親切にする、というものでした。

だから人の本性は、誰の視線もない場所でないと分からないということでした。

しかし、現代社会では至る所に監視カメラがあるので、人は親切になり、結果として多くの人が知らない人でも助けるとのことです。

この話を聞いてあなたはどう思いますか?

当時の私達の間では、この問いへの明確な答えがでませんでした。

孟子の性善説や荀子の性悪説まで持ちだして話し合ったのにも関わらずです。

では、今の私なら明快な答えが出せるのかと言われると、それには「いいえ」と答えるしかありませんが。

睡眠と妄想

今日に限って、寒さを感じているのはなんでなんでしょうね。

前から書いているのですが、ドリエルは本当に良い睡眠補助剤だと思っていて、理由というのは、妄想が出ないというものでしょうか。

父親だとか、大丈夫かと思うのは、明らかに金を盗まれただとか、何回言ってもカードを勝手に使われただとか思い込んでいるというより、妄想のように思えるのですね。

理由として、あの人の金への姿勢が見て現れるのですが、金を盗まれている、自分は常に金を狙われているという妄想が出ているのは、睡眠薬の影響ではないかと思っています。

ハルシオンを三錠も飲めば、それはなるだろうなと思います。

脳にくるのも良く分かります。

病気でそうなったのも良く分かります。

でも、それならそういう病院に行った方がいいのですが、本人は精神疾患であることが、屈辱な上に、恥だと思っているのでしょう。

息子に関しても、顔見せ出来ないと思っているのではないでしょうか。

兄弟にも言えない話ですし、別に今時、精神病は珍しくないのですが、世代から嫌だと思う人が多いのが、特に年を取っているほど、思うのでしょう。

何というか、残念な話ですが、誰だって健康に生きたいのですが、プライドだとかが邪魔してしまうのも可哀想だとは思います。

学歴主義者にありがちな決め付け

自分は精神病ではない、そういうのは頭の○○な人がなるものだと頑なな人は、いつの時代にもいますね。

自分の周りにも、ののしる人は後を絶たなかったと思っています。

幼稚言葉を使う人や、無能もの扱いする人も、とても多かったと思いますが、今の時代、統合失調症一つ取っても、何百万と患者がいるのです。

自分がならないって逆になんで断言できるのでしょうか。

恐らく、そういうものへ接していないので、自分が病気になる事自体、想像がつかず、特に知識があるわけではないので、頭が悪いと余計な事まで勝手に思い込んでいるのでしょうね。

逆に自分は優秀で、あんな病人より、何でもできるというプライドもとてもあるのでしょう。

えてして、学歴を好む人が多いです。

でも、そういう人は、確かに老後自分が色々弱ってきた時、そういう病気になった時に、自分から通うのをとにかく嫌がります。

入院を嫌がる人もとても、こういうパターンが多いです。健康であってほしいとは思いますが、こっちに色々言ってくるのは迷惑です。

自分で書いておいてなんですが、他人は他人なのは、よくわかるので、無視はしていますが、そういう人に多い「人間は働くものだ。働けない人間は社会にとっていらない存在である」といような価値観をもって来られると、こちらとしては言い分もありません。

決めつけるのはやめて欲しい

最近、感情がささくれ立っているのかと思いました。

自分は音楽が好きなので、音楽でもきこうかと思っているのですが、聞いていても、同じような曲を聞いていて思うのは、昔、若かった頃でしょうかね。

あの時の思い出というのが、ずっと残っているのです。

たまに、金しか頭にない親を見ていて、苛々してくる事もありますし、それが現実なのだろうと思っていますが、若かった頃はそんな事はなかったのにねえと自分は思っています。

やめてほしいのは、子供は働けないというやはり、病気に対する思い込みでっしょうか。

少しはハンディはあるとは思っています。

でも、結局、そういう人は、勤められないのは、という決まった事でしかないのだと思っています。

はっきり言って、疲れてしまう話ですし、そうでなくても、やりようだとは思うのですが、全て否定してしまうという親も、プライドがあるため、負い目が強いのです。

自分の非にしたくがないため、高校生のような扱いをする事によって、自分たちはまともであると言いたいのですよね。よく分かりますよ。

多いですからね。

と感情的になりすぎる所でした。

世間ってそうなっていると前から思ってはいましたが、結局は仕方がないと思っています。

心を落ち着かせたい

蚊取り線香が、喉にずっと引っかかってくるような感じで、咳だとかがとても強力に感じられます。

喉がつまるような感じでしょうかね。

ずっと動画で音楽を流しているのですが、恨みやつらみが強い自分はなんとかならないのかと思った時、他人は全て他人ではないかと自分は思ってしまいます。

こうしなさいなどと、他人に言える権利は、本来ないのですが、みんな好き勝手、言いたい放題ですものね。

自分とても、もう他人を言うのはやめたいところなのですが、ストレスがたまりすぎるのは、やっぱり催促の電話でしょうかね。

これまで病気のせいにされると、迷惑すぎて、本当に困ってしまいます。

優しい人間など、この世の中には一人もいないと思った方がいいくらい、世の中は冷たくできて入りうと思います。

さて、そろそろ薬でも飲もうかと思いました。

感情的な時には、薬を飲んだ方が本当に落ち着くものです。

確かに生きていて、なぜって思う事はとても多いですが、とにかくやめようというより、他人は他人、バカにしてくる人をいちいち相手にしていても、意味がないと思うようになりました。

まあそれはそれでいいのです。

どうでもいいのです。

そう言い聞かせています。

いやな事ですからね。

マーキュリーと言えば

生誕70周年記念ということで、伝説のロックスター「フレディ・マーキュリー」の名前が小惑星に付けられることがニュースで発表されました。

リアルタイム世代ではないのですが、伝説のロックバンド「クイーン」は大好きでCDを購入しては通学・通勤中などにノリノリで聞いていました。

それにしても音楽史を代表するロックスターが本当にスターになってしまうとは思いませんでした。

マーキュリーといえば「水星」という意味だったようなと当時から何気なく引っかかっていたのですが、スターと聞くと同じクラシックロックの「デヴィッド・ボウイ」が歌う「スターマン」が浮かびます…そんなデヴィッド・ボウイも近年亡くなってしまいビックリしてしまったのですが。

話を戻しまして、フレディ・マーキュリーが亡くなってもう25年も経つことに驚きました。25年という年月が経とうと、それどころかこの先もずっとフレディ・マーキュリーの音楽が廃れることは絶対にないと思います。

フレディが活躍していた時代はまだ同性愛について理解が乏しくとてつもなく波乱な人生を歩んでいたのではないかと考えるととても辛く感じます。

それでも彼は素晴らしいな作品を全世界に遺してくれたのですから、いつまでも彼のファンであることには変わりません。

天運を信じて

今日は、目覚めは、よくも悪くもありませんでした。

ただ、ぐっすり眠れた感じがありました。

6時台に、初めに目覚めました。

もっと、起きないでゴロゴロしたいと思いました。

がしかし、幸運を呼び込みたい思いがあって起きました。

長袖を着ました。真っ新の靴下を履きました。

ごみは、まとめました。自室から出ていくときに、冷房を切りました。

朝食を取りました。駅に向かいました。

朝は、何本も電車が続いてやって着ます。

安心しながら、コンビニに行きました。赤い缶コーヒーを買いました。

自販機よりも、少し安く買うことが出来て、少し喜びました。

なぜ、赤い缶かと言いますと、単に赤色が好きだからです。新

しい雑誌をぱらぱらと見ました。

後ろのほうの占いを読みました。

金運が上がるらしいです。

嬉しいです。

天の助けに思いました。電車に乗ると、途中で具合が悪くなってしまって、降りてしまいました。

次の電車に乗りますと、冷房が効いていて、気分がましになって喜びました。

地下鉄に乗り換えました。朝は、混んでいます。乗るときも、ほかの乗客に気を使ってしまいました。

途中から座りました。

今日は、アルバイトの面接があります。

まだ少し時間があったので、休憩をすることになりました。

核家族時代に逆行する流れ

今日は孫のゆう君(ゆうや)の5歳の誕生日です。

長男夫婦は6年前に結婚をしてそのまま私たちの家に同居しています。

今も尚、核家族時代と言われ続けているこの世の中では同居というのはやはり世間一般的には珍しいことのようです。

結婚してからも親と同居をしたいと言ってきたのは長男夫婦の方からでした。

正直言って嬉しさ半分、戸惑い半分でした。

長男の嫁にきてくれる女性は結婚式を挙げる前から週に3日間ほどは泊まって食事も一緒にしていましたから一緒に暮らすということの抵抗はありませんでした。

一緒に暮らし始めればやがてはお互いの長所や短所もわかり、食べるものの好き嫌い、味付けの濃い薄いなどの食事が原因で気が合わなくなったりすることを考えてしまいました。

当時住んでいた家は持ち家ですが私たちが24歳の時に結婚をして、同時に建てた家でしたので建物はしっかりしていましたがやはり傷んでいるところもあり、やがては長男夫婦にも子供が出来れば部屋数も必要になると思い、思い切って建て替えをすることにしました。

長男夫婦が結婚して同居をするタイミングで完成するよう知り合いの建設業者に頼みました。

古い家の解体から基礎工事をして完成まで工期4ヵ月というスピードでやってもらました。

敷地総面積150坪で建坪(2階)70坪の家です。

同居する前に心配をしていたことも取り越し苦労で何事もなく一緒に暮らしています。

たぶん、上手くいっているのは孫のゆう君が生まれて一緒に暮らしているおかげだと思います。

ゆうや君、5歳のお誕生日おめでとう。